僕は司法試験の論文が書けない人をなくしたい

  • 2020年8月9日
  • 2020年8月22日
  • 理念

どうもこんにちは、武藤遼です。

今回は、なんで僕が司法試験の受験指導をやっているかについて話していきたいと思います。

これには僕が受験生時代に苦労した経験というものが含まれていて、
同時に既存の予備校には足りないものがあると思ったからです。

そういうものがあって僕には許せないものもあったし
受験生目線の立場から見たら変えなければいけないものがあると思い、
武藤流を始めることにしました。

というわけでお話ししていきたいと思います。

論文を苦手とする司法試験受験生は本当に多い

なぜ僕が司法試験の受験指導を始めたかというと、
それは論文の書き方という受験生の真の苦手
真剣に向き合おうとしている予備校や教師がいないなと感じたからです。

受験生はみんな論文が書けなかったり、
そもそも書き方がわからなかったり、論文は難しいというイメージがあって
論文を苦手にしている人がすごく多い。

それは僕もすごくわかる。
僕自身、論文に挑戦するのにはすごく抵抗があった。

でも、予備校ってそういう論文の悩みにアプローチしてくれるわけではなくて、
論文の解答例を説明するだけで終わっていたりする。

そんな表面上の説明じゃ誰も書けるようにならない
という講義を真顔でやっていたりする。

それじゃダメだろっていうか、
本当に受験生の気持ちを考えているのかなって思った。
答案を解説しているだけでいいと思っているんじゃないかと。

教えている人も昔は受験生だったのかも知れないし、
昔は論文に苦労してしまっているのかも知れないけど、

今となってはそれを忘れ、
受講生を増やしたいのかなんなのか知らないけど
すごいありきたりな講義やテキストに終始してしまっている。

正直、そんなんじゃ絶対書けるようにならないし、
合格できるわけがないっていうのは腐るほどある。

だからそれを変えたい。
論文に悩む受験生を少しでも減らしたいと思って僕は武藤流を始めることにした。

もちろん、僕自身が論文にすごい苦労した思い出があるからだ。

合格を信じていなかったのは僕だけだった

予備試験の論文に不合格になったことを、
僕は大学の授業を聞きながらスマホで静かに確認した。

その時点では、そこまで悔しいという気持ちはなかった。
まあ1年目だし、不合格だとしても仕方ない。
不合格を許容する気持ちが、心のどこかにあったのだと思う。

それでも不合格になったのは恥ずかしいから、
不合格になったのは周りの人には黙っておこうと思った。
親とか親戚とか。

どうせみんな気にしていないだろうし。
言わなければ大丈夫だろうと思っていたからだ。

そんなことを考えながら、家に帰った。

落ちたわけだから、来年に向けて頑張らないといけないのだが、
その日は頑張ろうという気持ちもなく、
ただベッドに寝っ転がってダラダラしていた。

今日は一人で大人しくしていよう。
そう思ったとき、僕のスマホが震えた。

「お疲れ!試験どうだった?」

それは叔父からのメールだった。

知っていたのか。
僕から言ったわけでもないのに、合格発表日を知っていたことに驚いた。

僕の結果に期待していたから、叔父は結果が気になっていたのだ。
だからこそ、合格発表日も調べて心待ちにしていた。

「お疲れ様です。試験は不合格でした。また来年頑張ります。」

答えるのは嫌だったが、聞かれた以上仕方ない。
落ちたことを、簡潔に伝えた。

「そっか…また来年頑張れ!」

これを見て、すごい悲しくなった。
叔父は僕の合格を信じていた。
でも、僕は自分の合格を信じきれていなかった。

合格レベルに達するまでの知識を身につけられなかったというより、
合格を信じきれなかったということの方が僕には応えた。

そのうちに、母からも連絡がきた。

「試験どうだった?」

母も知っていたのだ。

「ダメだった。また来年頑張る。」

「そう…残念ね。また来年頑張って。」

母もまた、僕が合格していると信じていた。
だからこそ、落胆の色が隠せなかった。

僕以外の全ての人が、僕の合格を信じていた。
僕を応援してくれている人は、僕が合格していると信じていた。
合格の報告を、心待ちにしていた。

僕だけが合格を信じていなかった。
その結果、僕は予備試験に落ちた。

自分だけが合格を信じていなかった。
そのことがすごく情けなかった。

司法試験を受けたいと頭を下げてお願いしておきながら、
僕は合格を真剣に考えないまま勉強を続けていたのだ。

そんなことが許されていいのだろうか。
自分を責め、涙が溢れてきた。

司法試験を受けたらいいと背中を押してくれたのは叔父だった。
勉強のお金を出してくれたのは当然父と母だ。

彼らの期待を裏切りながら、
僕は大した論文の勉強もせず、結果予備試験に不合格になった。

それがすごい情けないし、自分で自分が許せなかった。

不合格となった日、叔父がドライブに連れて行ってくれた

もう何も考えたくない。
ひとしきり自分を責めた僕は、ベッドに寝っ転がり天井を見つめながらボーッとしていた。

そんなとき、叔父から連絡がきた。

「もし暇だったら、ドライブ行く?」

落ち込んでいるのだろうと僕を気遣い、
叔父が僕をドライブに連れて行ってくれた。

首都高を回りながら、レインボーブリッジなど夜景が綺麗なところをドライブした。
夜景は綺麗だったし、ドライブはすごく爽快だったけれど、
この日はドライブを楽しめる気分ではない。

ドライブをしている時も、
なんとなく話をしていたけど、大して何を話していたかも覚えていない。

申し訳なさがいっぱいで、あまり大したことを話していないと思う。

そのあとは、麻布十番のバーに連れて行ってくれた。
叔父はこんなおしゃれなところを知っていたのか。
叔父の普段の生活を知らない僕は、少し驚いた。

そこには、これは本当にたまたまだったのだが、
グロービスという会社の偉い人がいた。

叔父と知り合いらしく、
一緒にお酒を飲むことになった。

「こいつ、僕の甥なんですけど、
弁護士を目指してて、でも今回試験落ちちゃったんですよ。」

話は当然僕の話題になる。

グロービスという会社は相当大きな会社なので、
当然ビジネスの規模もでかい。

「弁護士になったら、この人がいくらでも仕事くれるよ」

叔父はそう言い、グロービスの人もそうですねと笑いながらうなずいていた。

何気ない会話だったが、これは僕の意識を相当変えた。

東京の夜景のドライブ、麻布十番のバー、ビジネス界のトップをひた走る人との会話

人生のステージが一気に上がった気がした。
すごくワクワクした。

司法試験に合格したらどういう世界が待っているのか。
それが垣間見えた気がした。

できるだけ早いうちに司法試験に合格した方がいい。
それもできるなら大学生のうちに。
弁護士というキャリアから社会人を始めると、そういう偉い人たちと最初から関わることができる。

それを、叔父は大学入学直後の僕に教えてくれた。

僕はそれを聞いて司法試験受験を決意し、
大学在学中に合格することを目標にした。

不合格通知が届いて、僕はさらにどん底に突き落とされた

夜のドライブのおかげで、新たな視野を広げた僕だったが、
この後にさらに僕を地獄に突き落とす出来事があった。

それが結果通知だ。

論文の結果通知には、
各科目のランクが載っている。
Aが最高で、Fが最低だ。

不合格になったが、結果自体はそんなに悪くはないのではないか。
現実を全く知らない僕は、そう楽観視していた。

結果を見た僕は、目を疑った。

憲法 F

行政法 F

民法 F

商法 E

民事訴訟法 E

刑法 C

刑事訴訟法 E

一般教養科目 E

法律実務基礎科目 C

刑法と法律実務基礎科目が辛うじてCであったものの、
他は全てEやF。つまり最低ランクだ。

惜しかったのではない。
全く合格に届かなかったのだ。

僕は論文から逃げていた。
1年目は短答を合格することが目標だ。
そうやって、論文の対策をすることを避けていた。

論文の対策を始めたのは短答合格後からで、
その方法も単に答案を眺めるだけというものだった。

それで合格できると思っていた。

自分が甘すぎたこと、実力が全くと言っていいほどないことに
この時ようやく気づかされた。

僕はその時ようやく悟った。
論文を対策しないとこの試験は絶対に合格しないということに。

予備校の講義は全く役に立たない

結論から言うと、僕は翌年の予備試験に合格した。

あれだけの悲惨な成績を叩き出しておきながら、
次の年の予備試験には合格することができた。

それも上位1%の成績で。

どうしてそんなことができたかと言うと、
それは論文の勉強をしたからに他ならない。

1回目の結果を見て、
論文をやらないと絶対に合格しないことを嫌というほど痛感した。

論文が嫌いとか書き方がわからないとかそういう次元の話ではない。
とにかくやらないと、絶対に合格しないのだ。

だけど、予備校の講義を聞いていても論文が書けるようになることはなかった。
全く役に立つことはなかった。

答案例をわかりやすく説明してくれて、その場では理解できるけど、
いざやってみると全く手は動かなかった。

その時に僕は気づいた。
予備校というシステム自体は合格に全く役に立たないということに。

確かに、テキストだったり講義だったり、
予備校は合格に必要なものは揃えてくれ、一通り教えてくれる。

しかし、論文を書くという合格に絶対必要なところを
実は全く教えていない。教えられていない。

テキストだったり基礎講義は充実しているのだけれども、
論文の講義は全く本質に近づいていない。

予備校に頼っていてはダメだ。
自分でやらなければならない。

僕は自力で論文の書き方を見つけることにした。

その結果、僕はシステムにたどり着いた

試行錯誤の結果、僕がたどり着いたのがシステムだった。

論文を書くために必要な手順を洗い出し、
それをシステムとして構築して、その通りに勉強する。

論文を書くためのシステムを、僕は作り上げた。

そのシステムについてはこちらでも話している。
僕の自己紹介も兼ねているので、読んでいない方は読んでみてほしい。

システムの記事

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大事なのは、論文に何を書くかではなく、
どうやって論文を書くかということだった。
法律の知識ではなく、論文の書き方という方法論だった。

これを教えていないし、受験生も知らないから、誰も書けるようにはならない。
それを自力で見つけられた人だけが、合格していく。

そのようなとんでもない情報格差が生まれていた。

その方法論を、僕はシステムとして言語化した。
システムに従って勉強したおかげで、
僕は論文が書けるようになったし、論文に合格できた。

感謝した僕は、新たな使命を見つけた

色々と試行錯誤したことは確かだが、
僕がこのシステムを見つけられたことはラッキーだった。

この方法を知らなければ僕は合格しなかっただろうし、
いつまでも論文に苦労して多分最終的に諦めていただろうと思う。

うまくいかないことに耐えきれず、
親や親戚の期待を裏切り、費やしたお金や時間をドブに捨て、
どうしようもない人間になっていたのだと思う。

だからこそ、僕はシステムを見つけられたことにすごく感謝したし、
合格できて本当に嬉しかった。

次に僕がやるべきことは、これを多くの受験生に伝えることだと思った。
少しでも多くの受験生に論文の書き方を伝え、
論文に苦しむ受験生を少しでも減らすことが僕のやるべきことだと思った。

司法試験に合格した僕は大学4年生でまだ教える年齢ではないかもしれないし、
教えた経験もないし、喋るも当然下手だった。
教えるなんて僕がやれることではないと思っていたし、できる自信もなかった。

でも、たとえ苦手だったとしても、
この方法を伝えることに意味があるのではないかと思った。

苦手だからやめとこうと思ってこの方法を伝えなければ、
論文に苦しむ受験生がこの先減ることはないだろうなと思った。

だからこそ、やらなければいけないと思ったし、やりたいとも思った。

話すことが苦手だとか、知識が足りないとかは、
後から勉強して補えばいいと思った。
とりあえずやってみることだ。

それで1人でも救われる人がいたなら、それでいいじゃないかと思った。

それが武藤流の始まりだった。

論文に悩む受験生を、減らしたい

論文に悩む受験生を、少しでも減らしたい
知識不足で論文の勉強が始められない人を少なくしたい
論文へのハードルを下げたい

それが僕の想いだ。

頭が悪いとか物覚えが悪いとかセンスがないとかそういう話ではなく、
そもそも方法を知らないから苦労しているだけだと伝えたい。

方法論を知れば、一気に変わるんだよと知ってほしい。

だからこそ、僕は武藤流で司法試験を教えることにした。

既存の予備校というのは、
現状のままでうまくいってしまっているのだから、
わざわざ論文の書き方を改めて言語化する必要はないのだろうし、
そういう発想にならないのだと思う。

でもそれでは受験生の本当の悩みに答えられていないと思うし、
受験生が本当に知りたいことから目を背けてしまっている。

論文が書けないのは本当に辛い。
E評価やF評価を連発した僕は、そのことをよく知っている。

あれは本当に立ち直れなくなる。
絶望し、将来に希望が持てなくなる。

司法試験に合格したいという強い想いがあった僕は、
叔父や母の支えもあってなんとか乗り切れたが、
正直潰れてしまう人もいると思う。

論文が書けないあまりにE評価やF評価を取ってしまって、
自分には才能がないと思い、合格を諦めてしまう。

そういう人は絶対にいてほしくないと思った。
そうでないと、僕がその辛い思いを味わった意味がない。

だからこそ、受験生にはきちんと論文対策をしてほしいし、
そのための方法を知ってもらいたいと思った。

それが僕が作り上げたシステムだ。

人間味のある人になる

僕には、ある夢があった。

それは、弁護士となり、僕の叔父と一緒に働くことだ。

叔父は実際に仕事をする中で、弁護士と関わり、
そのすごさを理解していたからこそ、僕に弁護士となることを勧めたのだと思う。

だからこそ、弁護士となって、僕は叔父と一緒に働きたかった。

しかし、僕の叔父はもうこの世にはいない。
その理由を詳しく書くことはできないが、もう一緒に仕事をすることはできない。

それは、僕に取ってすごく辛いことだった。

僕は、人間味のある人になりたいと思っている。

網羅的なテキストや講義を用意したり、
合格者の実績を争ったり、そんなことをしようとは思っていない。

大事なのは、受験生が求めることを用意するのではなく、
受験生の真の悩みに応えることだと信じている。

網羅的なテキストや論証パターン集を用意すれば、
受験生は安心するのかも知れないが、
合格する上で受験生が真に悩むところはそこではない。

論文の書き方こそ、受験生の真の悩みだ。

だからこそ、僕はその悩みに応えるべく、
論文の書き方という問題に徹底的に取り組んだ。

それは簡単なことではないし、時間が必要な作業だった。
でもそこに真摯に向かい合ったからこそ、僕は今こうやって武藤流として
自信を持って提供することができている。

武藤流については本当に誇りを持っているし、
自信があるし、これで多くの受験生を救うことができると思う。

それだけのものを、僕は作っていると思っている。

そして、武藤流で勉強して、論文の書き方がわかって、
司法試験に合格して、素敵な人生を送ってほしい。

司法試験を通じて、その人の人生をより良いものにする。

そのために、僕は受験指導を続けている。

教えるのが得意だとか、
受験生を合格することに喜びを感じるとかそんなレベルではない。

僕は武藤流を通じて、
その人の人生を変え、新たなステージにあげたいと思っている。

司法試験が、武藤流が、人の人生を変えるものであることを僕は心から信じているし、
そういうものを作り上げていきたいと思う。

それが僕がやっていることであり、考えていることだ。

夢があるんだよ、人生には。

それをいろんな人に伝えたいし、
僕自身がそれを体現していきたいと思っている。

扱っているのは司法試験だけど、僕はそれを通してその人の人生を変えたいと思っている。

でも、人生も大事だけど、
司法試験に本当に悩んでいるときには合格後のことを考える余裕すらない。

僕がそうだったからよくわかる。

だからこそ、その悩みを解消し、
もう一度自分の人生に夢を取り戻すために僕は論文の書き方を言語化した。

システムを使って、より多くの受験生が司法試験に合格してほしい。
そして、最高の人生を送ってほしい。

そのために、僕もこれから頑張っていこうと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

こちらにも僕のプロフィールを書いているので、
読んでいただけたら嬉しいです。

プロフィール

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僕は大学1年生から勉強を始め、
大学3年生で予備試験に合格、
大学4年生で司法試験に合格しました。

予備試験に合格するまでで勉強はほぼ終えてしまい、
大学4年生の時には
プログラミングやビジネスを勉強し、
やりたいことが自由にできる生活を獲得できていました

信じられないかもしれません。
お前には才能があったんだろ?とも言われます。
僕はもともと司法試験を目指していたわけでもなければ
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そんな僕でも自信を得ることができて
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